大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(う)3826号 判決 1952年3月26日

控訴人 被告人 桑野勝利

弁護人 吉田勇三郎

検察官 藤井勝三関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人吉田勇三郎の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから之を引用する。

同控訴趣意について、

記録によれば起訴状記載の公訴事実は、「被告人は朴炳朝、野田某と共謀して強盗をなさんことを企て昭和二十五年五月三十一日午前三時頃八幡市六田町一丁目大西シゲノ方に於て、被告人に於いて見張をなし、朴炳朝、野田某に於て右シゲノの長男俊彦当十四年に対し「声を出すと殺すぞ金はないか」と申し向けジヤツクナイフを突付けて脅迫した上同家六疊の間にありたる布団を右俊彦及び隣の子供立石義隆当十五年に覆せ同人等の反抗を抑圧しラジオ一台、大島袷一枚、錦紗長繻絆一枚等時価一万九千円位を強取したものである。」というのであり又原審第四回公判調書によると、検察官は予備的訴因として、「被告人は昭和二十五年五月三十一日午前三時頃、朴炳朝、野田某から賍物たるの情を知りながら、八幡市六田町一丁目井上方附近において、ラジオ一台大島袷一枚錦紗袷一枚(時価一万円位)を受取り八幡市祝町三丁目崔来福方二階に宿泊中の孫俊鉱の居室迄運搬したものである」旨及びその罰条として刑法第二百五十六条第二項を追加し原審においてこれを許可していることが明かである。そこで右予備的訴因を記録について仔細に検討すると、検察官は本件強盗被告事件の審理の経過に鑑み、被告人において強盗共謀の事実が認められないときは、被告人は朴炳朝、野田某が他家で盗みをすることを知りながらこれに同伴して、大西シゲノ方近隣の井上甚六方附近で待受けており、この間右朴及び野田において大西シゲノ方で強取をした物件即ちラジオ一台、大島袷一枚、錦紗長繻絆一枚(予備的訴因には錦紗袷一枚とあるが記録上錦紗長繻絆一枚と同一物件であることが明かである)を被告人が待受けている右井上方附近に持参したのを被告人は該物件が盗賍であることの情を知りながら、右予備的訴因記載どおり運搬したものであるということに関するのであるから、前記起訴状記載の公訴事実と、右予備的訴因とを対照するに、右強盗の時と賍物運搬開始の時とは相接し、その犯罪場所は前者は大西シゲノ方で、その後者は原判決の挙示した原審における検証の結果により明かな、同女方と僅かに五十米位隔れた井上甚六方附近で、しかも被告人は右強取物件を運搬したものであつて被告人が強盗の共謀により見張りをし、他の共犯者において実行した共同正犯としての公訴事実と、被告人が見張りをしていたという場所即ち右井上甚六方附近で、主たる訴因における共犯者が盗をすることを知りながら待つていて、同人等が強取した物件を、待つていた場所から運搬したという予備的訴因とは右諸点において、それぞれ極めて密接な関係があることが明白である。即ち右両者はその構成要件が全く罪質を異にし且つ、具体的事実は枝葉の点において所論のごとく多少の相違の点はあるが基本的事実関係において同一性があるものと認めなければならない。従つて前記公訴事実につき予備的訴因の追加を許可した原審の措置には何等の違法があるものということはできない。しかして、原判決はその措辞粗笨の譏りを免れないがその挙示の証拠を対照すれば被告人は昭和二十五年五月三十一日午前三時三十分頃八幡市六田町一丁目井上甚六方附近で、その友人朴炳朝、野田某から依頼されその直前右両名がその附近の大西シゲノ方で強取して来た物件中のラジオ一台を、それが盗賍であることの情を知りながら原判示場所まで運搬したものであるというに帰し、前記追加された予備的訴因に照応する事実を判示したることが明かで原判示事実は原判決の挙示した証拠により優にこれを認定することができるのでこれを原判示法条に問擬した原判決はまことに正当である。

従つて、本件予備的訴因の追加が違法であることを前提とする論旨は採用することはできない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 藤井亮 裁判官 青木亮忠)

弁護人の控訴趣意

一、原判決は法令に違反して審判の請求のない事実について有罪判決をしたものであるから之を破棄して被告人が無罪である趣旨の御判決相成りたい。理由次の通りである。

本件起訴状によると、朴炳朝、野田某と共謀して強盗を為さん事を企て、昭和二十五年五月三十一日午前三時頃、八幡市六田町一丁目大西シゲノ方に於て被告人に於て見張を為し、朴炳朝、野田某に於て右シゲノの長男俊彦十四年に対し声を出すと殺すぞ金はないかと申向けジヤツクナイフを突き付けて脅迫したる上云々同人等の反抗を抑圧し、ラヂオ一台、大島袷一枚、錦紗長繻袢一枚等時価一万九千円位を強取したものである。

然るに、原判決の認めたる事実は、昭和二十五年五月三十一日午前三時三十分頃八幡市六田町一丁目井上甚六方附近に於て友人である朴炳朝、野田某から依頼を受け云々、ラヂオ一台を同市祝町三丁目崔来福方二階に宿泊中の孫俊鉱の居室迄運搬したものである。

というのであるが、之れは原審第四回公判廷で検察官が(九十八丁裏以下)、本件公訴事実に予備的訴因として、被告人は昭和二十五年五月三十一日午前三時頃朴炳朝、野田某より、賍物たるの情を知りながら、八幡市六田町一丁目井上方附近に於てラヂオ一台、大島袷一枚、錦紗袷一枚(時価一万円位)を受取り八幡市祝町三丁目崔来福方二階に宿泊中の孫俊鉱の居室まで運搬したものであると追加し裁判官がその追加を許したことに由来するものである。併し、

(1) 強盗罪と賍物運搬罪とは観念上から其犯罪態様も被害法益も異る。

(2) 本件に於ても強盗罪に於ける被告人の犯行動作は起訴状によれば大西シゲ方で見張をしたとあるに、運搬罪の追加されたものとしての犯行動作は井上甚六方から祝町三丁目崔来福方まで運搬したというにあつて全然異るのである。

(3) 犯罪の時間は起訴状の強盗の分は、午前三時頃とあるのに判決は午前三時三十分とあつて非常な差がある。

(4) 起訴状にある犯罪の目的物は、ラヂオ一台、大島袷一枚、綿紗長繻絆一枚であるのに、追加の方の運搬の目的物はラジオ一台、大島袷一枚、綿(錦の誤なるべし)紗袷一枚であつて、其時価は前者が約一万九千円であるのに後者は約半分である一万円である。そのように差異がある。

(5) 犯罪の場所も起訴状の方は大西シゲ方追加の方は井上甚六方附近から祝町三丁目までの間の出来事であつて其間に差異がある。

以上の差異を綜合して考えれば、起訴状記載の強盗罪としての公訴事実と、追加すると検察官が公判廷で陳述した運搬罪としての公訴事実との間には同一性が無いものである。

公訴事実の同一性のないものを予備的に訴因として追加することは許さるべきでないのに漫然之を許可して結局其のように認定したのは、原判決の誤りである。原判決は須く本来の起訴事実につき無罪の言渡をなすべきものであつた訴因追加を却下するのが第一の執るべき手段であり若し漫然之を許可したとすれば判決の際主文にて無罪の言渡を為し判決理由中にて追加の公訴は之を棄却する趣旨をうたつて置けばよかつたと思われる。要するに原判決は刑事訴訟法第三百十二条の規定に違背して検察官の訴因の追加を許可して其通りに判決した不法があるので之を破棄して被告人に対し無罪の御判決を求むる次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例